田尻先生
Q.16
はじめまして。40代の、再び教職を志す者です。
かつて公立中学校で英語教諭として勤務していたのですが、出産を機に退職しました。
英語を教えることは好きなのですが、あまりに多忙で精神的、肉体的にもつらく、子育てと仕事を両立する自信がなかったのです。多忙ではありましたが、私自身英語教諭としてあまりにも力不足だったと自覚しております。

こういった不安はあるのですが、やはり教育に対する熱意から再び採用試験に挑戦したいと思うようになりました。

男性としての立場はまた異なるかと思うのですが、田尻先生はご家庭(子育て)と仕事の両立をどのようにしていましたか?
また、再び教職を目指すにあたりしておいた方が良いことなど、アドバイスがありましたらよろしくお願いします。
 

 英語の教員は女性が多く、私も子育てをしながら英語教員としての知識・技能を極めようとしてこられた先生方にたくさん出会いました。朝早く起きて着替え、お化粧をし、食事の準備をし、子どもさんやご主人に食事を食べさせ、食器を洗い、子どもを送ってから出勤する。その時点ですでに起きてから3時間以上経過しているということで、本当に頭が下がる思いがしました。

 学校に行くと高校ならば平均して3コマ強、中学校ならば4コマ強の授業があり、その合間を縫って教材研究や授業準備、生徒の提出物等の確認やフィードバック、そして生徒対応や生徒指導などで休みなし。帰宅すると夕食の準備と片付け、そして洗濯物やアイロンがけ。ほっとする時間はどこにあるのだろうとすら思います。

 英語の授業は「英語を教える」ことに主眼を置くとうまくいかないことがよくあります。将来英語がなくてもいい仕事に就くかもしれない、あるいは就きたいと思う生徒にとっては、英語を教えられても必要性を感じないからです。しかし、教科書本文の内容を深く掘り下げたり、周辺情報を加えたり、著者のメッセージを英文から読み取らせたりすると、生徒は「知りたい」と思う気持ちを持ちますし、自分の意見や考えを「知ってもらいたい」という気持ちが出てきます。そこで「知りたい」情報を英語で聞く、読む、「知ってもらいたい」ことを英語で言う、書くなどしましょうとなった時、目的意識を持った英語学習が始まります。つまり、生徒を英語学習に引き込むためには、内容を重視した授業作りが必要なのです。

 私は教科書の内容を膨らませるための情報を、新聞やテレビ、映画などから仕入れました。それは、私の妻が3人の子どもたちをしっかり育ててくれたからできたことです。私の妻は専業主婦で、子育てを生きがいとし、健康に対する意識が高く、家のことは自分がやるという決意を持った人ですから、私はそれに甘えました。ただ、妻は地域に貢献していましたし、ママさんバレーも楽しんでいたので、その間は私が皿を洗ったり、洗濯物をたたんだり、掃除機をかけたりしていました。今振り返って一番よかったのは、子どもたちが幼かった時、おんぶベルトで背負い、妻がバレーボールをしている体育館までよく散歩をしたことです。たくさん子どもとお話をし、帰りは私の背中で寝てしまった子の温かさを感じつつ、蛙の大合唱や虫の音を聞きながら田舎の道をのんびりと歩きました。豊かな、豊かな時間で、振り返れば私の人生の中で最も大切な時間でした。

 お子さんを持つ女性教員は、仕事が膨大です。その苦労を少しでも軽減するためには、大学との提携が必要だと思います。授業前に行う「@教科書や副教材の研究と教材・教具作り(教材研究)」、授業中に生徒の反応を見ながら行う「A準備したものや手法の改善(改善研究)」、そして授業後に行う「B生徒のノート・プリント・映像などのチェックとそこから見られる問題を解決するための指導法の見直し(成果研究)」の3つの段階のうち、大学でできるのは@だけです。生徒の学力が最も伸びるのはBのプロセスをていねいに行った時です。ですから、現場の先生方にはA、Bに注力していただけるように、@の研究を大学生とともに行い、様々な手法や教材を提案していけば先生方の授業準備の苦労を軽減することができると考え、私のゼミでは教材作成を行っています。

 一人でできることは限られていますから、皆で協力することが大切です。同僚だけでなく、研究会や勉強会に参加するなどして手法や教材などを分けてもらうと、授業技術が向上してきます。現場に戻られたら是非そういう機会を作ってください。

 また、教材を作成する際には、子どもさんに手伝ってもらうといいですよ。私の子どもたちは、私の教材作成を手伝う中でワードやエクセルの使い方を覚えました。フォニックスの教材など、娘が半分以上作ったと言っても過言ではありません。書斎に一人籠もって仕事をしていると家族と離れてしまうので、「何してるの」と子どもが書斎を覗いたときは、イラストや動画を探すなどの「子どももやっていて楽しい」仕事を手伝わせるといいと思います。

 忘れてはいけないことは、子どもさんがいる以上、親としての仕事が最も大切であるということです。学校の仕事は誰かが代わってやってくれますが、親の代わりはいません。子どもは成長するにつれて「もらうだけの立場から自分の手でつかみ取らないといけない立場」に変わっていきます。それが苦しく、うまくいかなくて自己肯定感が減少したりします。その時に子どもを理解し、励ますのが親の務めです。学校では理想の教員像に近づくために無理をしますので疲れますが、家に帰ってからも生徒に費やしたのと同じぐらいのエネルギー使って自分の子どもの悩みに向き合わないといけないことも出てきます。その時に体力と脳力が残っていることが重要です。

 私は様々な病気や悩みを抱えるお子さんを大切に育てながら、教員としても努力し続けている先生方をたくさん知っています。その先生方が、笑顔を絶やさず、自らの子どもや生徒に誠実に向き合う先生方を見ると、胸を打たれます。だからこそ、みんなで助け合っていきたいと思います。教員も生徒と同じです。成功体験をしてこそ、自己肯定感が高まり、この仕事の魅力をさらに感じることができるようになります。全ての先生方が成功体験を持てるよう、協力していきましょう。

 
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