なぜ英語を学ぶのかということに関しては、慶応義塾大学名誉教授の田中茂範先生の記事を読まれると参考になると思います。
https://kodomo-manabi-labo.net/series-shigenori-tanaka-english-01
もし私が生徒から「なぜ英語を学習するのですか」と尋ねられたら、まずなぜそのような質問をしたのだろうかと考えてみます。そして、その生徒の特徴や現状を確認した上で、「努力しているのに実を結ばないからか」、「英語の授業が分からないのか」、「授業が面白くないのか」、「教師の方針に納得がいかないことがあるのか」などを尋ねてみて、そのいずれかがその生徒の発言の原因であれば、教員として成長するチャンスを与えられていると思って、授業を見直してみると思います。
もちろん、若い頃はそのような発想はありませんでした。「なぜ英語を勉強しないといけないのか」と尋ねられたら、ムキになって英語の重要性を述べていたと思います。私の4つめの勤務校であった島根県の漁村の中学校は、着任した時の生徒の英語力はかなり低かったのですが、楽しい授業をするとのってきました。そして、1995年に着任したALTコンノ・マサキが次々と面白い発想で授業作りに参画してくれてからというものは、急速に生徒の英語力が上がっていきました。彼らは将来英語が必要だと思ってはいませんでしたが、マサキの授業が大好きで、マサキと話したくて次々と英語の表現を覚えました。そこで学んだことは、「好きになる」、「伸びを感じている」、「先生が好き」という3つ条件があれば、学力が向上するということです。
確かにAIの発達により、日本語で声を吹き込めば英語に翻訳してくれる機械やソフトが出現しましたが、もし1995年にそれがすでにあったと仮定すると、その時の生徒がマサキと会話する時は、通じない場合はそれらを使ったとしても、それ以外は何とか自分たちの英語でやりくりしようとしたと思います。彼らは大好きなマサキとたくさん会話がしたかったのですから、いちいち翻訳機を使うのはもどかしく、それよりも自分自身がもっとしゃべれるようになりたいと願ったと推測されます。
島根県では、農村の小規模校にも勤務しました。農業や畜産が主たる産業で、将来英語が不要である仕事に就く生徒が多いと思われる地域の学校でした。しかし、彼らも英語の授業は受けないといけないわけであり、ならば少しでも楽しくしよう、そして深く考えさせようと思いました。その結果、彼らは意欲を持って英語学習に取り組んでくれて、英語でディスカッションができるようになり、NHK Eテレの『わくわく授業』で何度か取り上げていただきました。
発想力、想像力、創造性などはAIにはない、人間固有のものです。社会に出れば、それらの力が求められます。しかし、考えることはできても、気づく、ひらめく、作り出すことは容易ではありません。ですから、普段から脳を鍛えておかなければなりません。そこで私は、脳トレ的なトレーニングをたくさん取り入れたり、写真や動画、音声などを使って教科書本文に命を吹き込んで深く考えさせたり、重要表現を使って思考力を鍛える活動をさせたりするなどして、生徒の思考力、発想力や想像力、創造性、機転などを高める授業作りを心がけました。
それらの活動の多くは日本語でもできる活動であり、小学校で授業をするときは、「単語だけでもいいし、日本語を使ってもいいから、どんどんアイディアを出してごらん」と促し、「中学生になったら今言ったことが英語で言えるようになるからね」と期待を持たせるようにしています。まず、コンテンツを持ち、それを言語化する。それが言語使用の流れであり、話す内容がなければ言葉を使う必然性はありません。ですから、コンテンツを重視した授業をすれば英語が将来要らない生徒も積極的に参加できる、と私は考えたのです。
「知りたい」、「知ってもらいたい」という気持ちを引き出し、言葉を使用する場面を作り出し、日本語でもいいから授業に参加させ、惹きつけた後に少しでも英語で言ってみるよう促し、英語を使う面白さ、日本語と異なる英語の特徴の面白さ、ALTとコミュニケーションが取れる楽しさなどを体験させることによって、「英語を勉強しないといけない」から「英語を勉強したい」という気持ちになってもらう。それが、私が中学校英語教員時代に心がけていたことです。
大学では、英語のスキルを身につけるために、本ウェブでダウンロードできる語順表や「英語ネイティブの人の発音の特徴」を使って、語順表指さし音読を行ったり、音の連結・消滅・崩れなどを分析し、ネイティブ真似音読をすることによって聞き取りの力を伸ばしたりすることによって、学生に「英語が分かる・できる喜び」を味わってもらうよう努めています。学生は「しんどい、辛い」と言いつつも、努力の結果何かができるようになると達成感を味わいます。単位が出る60%の達成率に届いた学生のほとんどは、まず喜んだあと、「あと何点で“良”になりますか?」と言い始めます。授業における成功体験は、学習意欲を高めます。「面白い!」、「楽しい!」だけでなく、「嬉しい!」と叫んでくれるような授業を、これからも追求していきたいと思います。