田尻先生
Q.52
田尻先生、現在日本の英語教育では4技能をバランスよく使った、実践的な英語の運用能力を伸ばす授業、が求められています。高校の英語も「話す」「聞く」に重点を置くようになり、「コミュニケーション」という言葉が科目に取り入れられ、読んで字のごとくコミュニケーションをメインにした英語教育の実現をめざしているように見えます。しかし、その実、会話ベースが多い中学の教科書とは裏腹に、高校の教科書を開けば少し前のリーディングの教科書とさほど大差なく、読解を前提とした長文がずらずらと並びます。母語の国語でも、現代文の教科書でコミュニケーション能力を上げると言われたら無理がありますが、そもそも内容理解にも時間や指導が必要となる外国語の長文でどうしたらコミュニケーションを目的とした実践的な英語力を育てることが可能になるのか疑問で仕方がありません。しかし教科書は使わざるをえず、定期テストを考えれば本文にも触れなければなりません。田尻先生ならこのジレンマをどのように解消しますか。  

 コミュニケーション能力とは、相手の話に耳を傾け、相手を理解するよう努め、心の平静を保ったうえで、自分の考えや立場を論理的に、なおかつ相手の気分を害さない表現で伝えることだと、私は思っています。この定義が正しいのならば、現代文の教科書でも、コミュニケーション英語の教科書でも、内容についてディスカッションしたり、内容にまつわる情報をやりとりしたりするなどして、コミュニケーション能力を高めることは可能だと考えます。

 私は35年にわたってNHKラジオ第2放送の「ラジオ英会話」と「実践ビジネス英語」を聞き続けていますが、それらの英文を分析してみると、ほぼ高校レベルです。複文、後置修飾、強調構文、挿入、倒置、付帯状況のwith、分詞構文、仮定法などが運用できれば、日常会話のみならず、ビジネスの場面で英語を使ってコミュニケーションを取ることが可能であるとわかりました。となると、「日本の英語教育では、6年間英語を勉強しても使えるようにはならない」という批判の声を抑え、なおかつ大学入試を突破できる力をつけるには、高校の教科書の英文をしっかり理解させ、定着させ、運用させればよいと思われます。

コミュニケーション英語の教科書は内容が濃く、読み応えがあるものが多いので、私が高校で授業をするときは、内容で迫るようにしています。教科書本文を通じて、もっと知りたい、知ってもらいたいという気持ちを引き出すことで、英語を運用する機会を生み出すよう心がけています。

 私は中学校の教員時代、常に新しいことにチャレンジしていましたが、その根本にあったのは「結果が出なければ批判されるだけ」という思いでした。ですから、まずは生徒が高校入試で平均70点を取ることと英検3級に7割以上の生徒が合格することを目標に研究を重ねました。その結果、「英文の意味と構造を理解してこそ、暗記・応用ができる。まずは理解させ、暗記させることに注力したうえで使う機会を提供する」という結論に至りました。

 しかし、かといって旧態依然とした、教師による英文の意味と構造の口頭説明では英語力がつかないということは、戦後の英語教育の歴史が物語っています。そこで考えたのが、「理解」→「暗記」→「応用・発展」という語学の流れにおける、「理解」と「暗記」の活動を知的で楽しいものに工夫することでした。その結果つくり出した活動は拙著『田尻悟郎の 英語教科書本文活用術!』(教育出版)にまとめています。高等学校の教科書本文を使った活動としては、「語順指さし音読 語順表と文例」、「センスグループ和訳・英訳」、「カード和訳」、「合いの手を入れよう」、「あなたも指揮者」、「ピリオドを打とう」、「前置詞・冠詞を入れよ!」、「キーワードを当てろ」、「自己責任キーワード音読」、「図形頭文字音読」、「品詞別穴埋め音読」などがありますので、ご参照ください。

 これらの活動の特色は、生徒の脳が動き、能動的な学習が始まることです。例えば語順表指さし音読は、英文をセンスグループに分けて語順表の該当する部分を指さしながら音読する活動ですが、生徒や学生は「文構造がわかり、なおかつ英文の意味もわかり、最初はちんぷんかんぷんだった英文が最後は暗記することができた」と言ってくれます。彼らは語順表を指さしながら英文を音読するうちに、「入ってきた、入ってきた」と言います。語順表指さし音読は「理解」兼「暗記」の活動ですが、英文が体に入る感覚を味わうと英語学習が楽しくなるようで、最終的に私の前で暗唱すると、誇らしげな表情や笑顔を見せてくれます。

 このように、私の場合、英文の意味・構造を「説明する」手法から「体得する」手法に変えたことで生徒の英文の理解が深まり、さらに思いがけないことに、生徒が能動的に学習するので説明の時間が短縮され、余剰の時間が生まれました。何とか理解させたいと思ってたとえ説明に熱を入れたとしても、一度で理解する生徒は多くありません。ですから、説明は極力少なくして暗記や応用の活動に入らせ、つまずいたら説明するという流れに変えたら説明をよく聞いてくれるようになりましたし、つまずいたときに説明するからこそ理解しやすかったようです。また、友だちに説明を求める生徒も多く、教え合いが活発化し、わからない生徒を手分けして助けることで時間に余裕ができたのだと思います。そしてその余剰時間を活用し、暗記した英文を運用してコミュニケーション活動をさせたところ、さらに定着度が増しました。教科書本文を理解した、覚えた、使えたという体験は彼らにとって大きな喜びとなります。教科書を使って英語の勉強をして成果が出たという思いは、さらなる学習への動機づけになります。同じ手法を取り入れた大学の教養英語の授業でも、「初めて英語の勉強が面白いと思った」と言ってもらっています。

 大学入試突破のための英語学習と、コミュニケーション力を育成する英語学習は両立します。それを実践してきた盟友が久保野雅史氏であり、津久井貴之氏、松下信之氏など、最近のパーマー賞受賞者は、教科書本文を生徒の体に落とし込み、応用・発展させる授業を展開し、なおかつ生徒が優秀な成績を収めるという成果を上げておられます。ぜひ、参考にされてはいかがでしょうか。

 
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