なぜ日本の英語教育を受けた人は英語が使えないのか。それは、繰り返し使わせないからです。例えば would like to を習っても、その日限りであとは練習すらしない、教科書にも出てこないから見ることもない、というのではすぐに忘却の彼方へと去っていきます。
では、どうやって would like to を定着させるか。それは、クラスルーム・イングリッシュです。
私は『Talk and Talk』(正進社)を授業で扱うときは、1番からやらせるのではなく、何番からやってもよいことにしていました。すると生徒は私の前で問題に挑戦するとき、何番にチャレンジしたいのかを伝えなければなりません。そこで、私と生徒は以下のようなやりとりをしていました。
<中学1年1学期>
T: Which question do you want to try?
S: No. 3, please.
<中学1年2学期>
T: Which question do you want to try?
S: We / I want to try No. 3.
<中学1年3学期>
T: Which question will you try?
S: We / I will try No. 3.
<中学2年1学期>
T: Which question are you going to try?
S: We are / I am going to try No. 3.
<中学2年2学期>
T: Which question would you like to try?
S: We / I would like to try No. 3.
中2の3学期からは、いずれかを私が早口で言うので、ちゃんと聞き取って主語+動詞をつけて答えさせていました。こうやって毎日繰り返してこそ、頭と目と口と耳が覚えるようになりますし、意図を持って使ってこそ、英語がコミュニケーションツールとしての機能を果たします。一時「実践的コミュニケーション」という言葉が流行りましたが、私はクラスルーム・イングリッシュこそ、実践的コミュニケーションだと思っていました。
あるとき、男子が授業に遅れてきて "I'm sorry I'm late. I have a stomach ache, so I went to the school nurse's room." と言ったので、腹痛を抱えながら保健室から教室に戻る間、彼はずっとこのクラスルーム・イングリッシュを復唱していたんだろうなと思い、気の毒に思ったことがあります。
このように、クラスルーム・イングリッシュとは、教師だけでなく、生徒が使う文も含みます。特に生徒が使うクラスルーム・イングリッシュは大切で、何度も繰り返し使う中で覚えていくのです。
前述の would like to や want to, will, be going to に限らず、クラスルーム・イングリッシュとして使う英文は、教科書で学習する前にすでに使わせていました。ここぞというタイミングでタイムリーに導入してしまうのです。そして、それらの文がターゲットセンテンスとして教科書に出てきたときは、すでに何度も使って親しみがある英文になっており、その上でそれらの文構造を分析し、さらに応用するという練習をしました。
また、特にマスターするのに時間を要する表現は、早めに導入していました。私の場合は現在完了と仮定法でしたので、現在完了は中1の1学期から、仮定法過去は中1の3学期には使わせていました。
現在完了については、アルファベットの大文字を全部書き終わったら鉛筆を机の上に置いて、"I have finished." と言わせていましたし、カルタですでに読み上げてしまったものをわざともう一度読んでお手つきを誘ったあとで、生徒に "The card has gone." などと言わせていました。
仮定法過去の場合、読み物を読んだあとで意見や感想を言わせたり書かせたりするときに、I would say や I wouldn't 〜. などと言わせていました。
つまり、この表現に慣れさせ、マスターさせるためには、どのような場面を設定すればいいかを常に考え、また、この場面ではどんな英文を使わせることができるかを、来る日も来る日も考えていたのです。その結果、クラスルーム・イングリッシュはどんどん増えていきました。
もう一例挙げましょう。私はグループ活動をする際、わざと各グループにプリントを少なく配布しました。すると生徒は他のグループから分けてもらえないので、プリントが足りないことを言わなければなりません。あるグループが、"Excuse me, Mr. Tajiri. One more sheet, please." と言えば、ほかのグループはその表現は使えませんので、ほかの表現を考えなければなりません。
We want one more sheet (, please).
We would like one more sheet (, please).
Please give us one more sheet.
Will you give us one more sheet (, please)?
Can you give us one more sheet (, please)?
Would you give us one more sheet (, please)?
Could you give us one more sheet (, please)?
May we have one more sheet (, please)?
Could we get one more sheet (, please)?
Can I get the handout?
Could I get the handout?
May I get the handout?
Would you give me the handout, too?
You gave us only three sheets.
などが、私の生徒たちから出てきた言葉です。これらは、私が一方的に教えて覚えさせたのではなく、みんなで考えたものです。最初は思いつくのに時間がかかりますが、一度出てしまえばまとめてメモを取ってしまえばよいので、あとは使うだけです。ちなみに、私が(会)と書いてから英文を黒板に書くと、生徒はノートの後ろのページにメモを取りました。これは、英会話の「会」であり、生徒のノートの後ろの方のページには、クラスルーム・イングリッシュのストックがありました。そしてそれらの重要表現を思い出せないときは、ノートを参照すればよかったのです。
3年生になるとストックも増え、英文のレベルが高くなっていきます。例えば、90秒クイズ(語句クイズ)をするときは、生徒同士のルーティン会話として、以下のような英文を毎回使わせていました。
How many words and phrases do you hope you can say this time?
▼
I hope I can say ….(事前の数値目標設定)
▼
Let me skip it.(語句を思い出せないとき)
Let's skip it.(相手が詰まっているとき)
▼
How many words and phrases did I say?
(言えた語句の総数を確認してもらうとき)
▼
Let me see…. You said ….
▼
How many words and phrases do you hope you will be able to say next
time?
▼
I hope I will be able to say ….(次回の目標数値設定)
重要表現を定着させるのは、クラスルーム・イングリッシュです。ですから、習った重要表現の数だけクラスルーム・イングリッシュはあるということです。語学教育研究所からパーマー賞をいただいたときに撮影した授業ビデオを見てみると、私の生徒はかなりの数のクラスルーム・イングリッシュを使っていました。私の生徒の会話力が高いと言われたのは、実はクラスルーム・イングリッシュがその要因の1つだったのです。