私は中学校の教員をしているとき、中卒で就職するにはまだ力が足りない生徒が高校に進学できないケースをたくさん見てきました。その意味で、先生の生徒さんは幸せだと思います。今の状況で社会に出たら、だまされたり利用されたりする可能性があるからです。やはり世の中で生きていくためには「読み、書き、そろばん」が必要で、算数と国語は必須です。
2桁の引き算ができない、あるいは和訳の日本語がわからないという生徒さんが、将来英語が必要になる可能性は極めて低いと思われます。ですから、その生徒さんにとっては英語ができなくても問題はありません。 dictionary の意味がわからなくても、ちゃんと仕事をしている人はたくさんいらっしゃいます。英語のことを心配するよりも、社会へ出てから一人で生きていくことができる力をつけてあげることに注力してください。
そもそも、我々が教えている生徒のなかで、将来英語が必須である職業に就く生徒は半分もいません。これは、他教科についても言えることだと思います。だからこそ、年間100回を超える授業が彼らにとって価値のあるものであってほしかったですし、何年か先に彼らに出会ったとき、「今は英語と全然縁がないけど、先生の英語の授業で学んだことは今も役に立っている」と言ってくれるような授業をしたいと思って工夫をしました。
英語の授業のなかで伸ばすことができる、「世の中に出てから役に立つ力」とは、以下のようなものがあると思います。
①人とかかわる力
②期限を守ったうえで最高の出来を追求する力
③できないことをできるようになるまで歯を食いしばって努力し続ける力
①の力を養うためには、ペア・グループ学習の充実が望まれます。教師の一方的な説明型の授業ではこの力は養成できません。②は提出物の充実や期限厳守を通して練習させます。そして③は、簡単な作業でもいいので、その生徒さんにとって背伸びしなければならない課題を与えてみてはどうでしょうか。
しかし、やはり英語が苦手な生徒が「できた」という喜びを味わう前に立ちはだかる大きな壁が、文字です。文字が読めない、書けないと、喜びを味わうことができません。
アルファベットは表音文字ですが、文字が担う音を理解できなければ、単語を覚えることはまるで1つの絵を覚えるようなものです。それは目だけによる暗記であり、なかなか覚えられません。文字を音声化できれば、目と口、そして耳で暗記することができ、定着度が増します。ですから、私は英語が苦手な子たちを相手に授業をするときは、まず「ローマ字表の英語読み」から入り、まず基本読みをマスターさせ、次に名字読みを覚えさせます(NHK出版『テレビで基礎英語』テキスト巻末参照)。それから様々なルールや例外編などを、カルタを使って覚えさせます。詳しくはこのウェブの「英語指導の部屋」→「お役立ち教材」→「かるた」をクリックしてみてください。
私の教え子のなかにも、極度の学力不振の生徒がいました。中3では「My Treasure」というテーマでスピーチ活動をさせていましたが、クラスメートが協力して英文を作成し、毎日叱咤激励して練習させ、指導した結果、その生徒は大方の予想を裏切って、スピーチを行いました。途中で止まってしまい、後半部分はちゃんと言えませんでしたが、クラスメートがヒントを言ったり、字を書いて見せたり、時には英文そのものも言ったりして助け、手を引いてゴールまで連れていったのです。このように、友だちの厚い支援で教師の予想を上回る結果を出すことがあります。
また、中1では学習障害があるのではないかと心配された生徒が、私のヘァツオン記号にはまってくれてとても美しい発音ができるようになり、3年時にはスピーチも堂々と行い、ALTと会話もできるようになりました。
さらに、学力的には相当厳しく、短期記憶もおぼつかない子がいたのですが、人物的にすばらしい子で、それを認めてくださった高校が入学を許可してくださり、その子も寮生活をしながら毎日4時間以上勉強をし続けた結果、高校を卒業するときには成績も学年の真ん中ぐらいまで上がった例もあります。全くできなかった数学も、ついに80点を超えるようになりました。遠いところにある高校でしたが、卒業式にご両親と一緒に参列して感動したことを覚えています。その高校の先生方に対しては、今でも感謝の念でいっぱいです。「無理だ」「難しい」「時間がない」が教員の口癖ですが、我々が考える以上に生徒は力を持っているので、焦らず少しずつそれを引き出していきたいものです。