田尻先生
Q.20 子どもの進路について
 3月の「人を育てる英語教育」の講演会を拝聴しました。
 田尻先生は関西大学でスポーツをしている学生さんの就職指導をされていると伺いご相談です。
 私には硬式野球チームに所属している中学生の息子がいます。高校で英語教員をしていることから、野球だけやるのでなく定期テストで点数を取らないといけないよ、と家で繰り返し言うのですが、これで良いのかと悩んでいます。本人が好きな野球に打ち込む青春もいいのかも、とは思いますがスポーツをしている学生は卒業後どのような進路があるのでしょうか。

 

 私は2009年11月より14年間、大学の野球部の顧問を務め、学生の学習や進路の面倒を見ました。2014年に着任した監督は人間的にも野球の実績も素晴らしい方で、甲子園の解説もなさっていた方ですが、この監督が学習や就職活動を全力で行うことを大前提に、教育の一環としての野球を指導されましたので、選手たちはだれも見ていなくてもゴミを拾い、学習もスポーツも全力で行う自慢の学生です。その監督は選手の生活指導や就職活動は私を頼ってくださり、選手の進路指導にも深く関わってくださいました。
 選手たちはプロ野球選手を夢見て幼少時代から野球に打ち込んでいますが、プロ野球や社会人野球に勧めるのは1割程度で、ほとんどの学生が野球を諦めて、次のやり甲斐を求めて就職活動に励みます。その際、必要になってくるのが学力です。

 エントリーシートでは、@自己PR、A学生時代にがんばったこととそこから得たもの、B入社志望理由、C入社後の希望・展望、というのが4つの代表的な質問です。これは、高校入試や大学入試の面接で聞かれるものと同じですし、就職活動の面接でも、エントリーシートで書いたことを深掘りされることが多くあります。
 @とAは「私は」で始めます。BとCは「貴社は/御社は」で始めます。Bでも自分のことを語るのは、読み手・聞き手を中心にコミュニケーションを取ることができないと判断されます。「私」がどういう人間であるかは、@とAで分かるからです。BとCはどこまで会社のことを調べたか、どれぐらい本気で入社したいと思っているかを知るための質問ですから、その会社ならではのことを述べ、それに感銘を受けた、興味を持ったということを伝えなければなりません。他社でもやっていることを述べて「感銘を受けた」と言えば、「それは他社でもやっています」と切り替えされます。
 質問する方は、戦力になるかということと、内定を出せば来てくれるかということを知りたいのであり、それに応じた答弁とならないといけません。それは、言語力です。まさに、「聞き手(面接官),読み手(採用担当者),話し手(面接官の質問の意図),書き手(エントリーシート等の設問の意図)に配慮しながら,主体的にコミュニケーションを図ろうとする態度」を面接では測られるのです。

 野球の次に燃えられるフィールドを探すためには、徹底的に企業を研究し、競合他社も研究します。「業務内容・製品・商品」「社会貢献」「CN (Carbon Neutral)、SDGs、CSR (Corporate Social Responsibility)」という3つの観点×「過去」「現在」「未来」という9つのマスを作り、企業研究・業界研究をする中で感動したり感心したり好きになったりしたことを書き込みます。これは、総合的な学習や英語の教科書をコンテンツから迫る学習と相通じるものがあります。
 同時に、自己分析も行わせます。自分の長所、短所、評価などに関して、周囲の意見も取り入れながら書けるだけ書いていきます。そして、「学生時代にがんばったこととそこから得たもの」に関して、どの体験談で行くかを決めます。その体験を長々と語るのではなく、その経験から得たもの、つけた力を中心に語ります。そこには、長所のうちから5項目以上入れます。そして残った長所を自己PRでアピールします。このガクチカを書いてから自己PRを作るという作業には、全体像とレイアウトの感覚が必要です。

 プロ野球選手になる学生は、プロに行くと決める前に、人生設計をさせます。野球部の学生は巨大企業や大企業に就職する者が多く、彼らの生涯賃金を計算すると、プロ野球では10年間1軍で試合に出て初めて同じぐらいの収入になります。プロ野球は多額の年俸をもらいますが、多額の税金を払いますから、同期の企業人と比較して1.3〜1.5倍の収入を得なければ手取りが同じにならないのです。そして、プロ野球生活が終わってから50年以上の人生が残っているということにも思いを馳せなければなりません。
 プロ野球引退後に、指導者や解説者、球団職員などでプロ野球に携われる確立は2%だと言われます。となると、ほとんどの選手が引退後は野球以外の分野で就職活動をしなければなりません。しかも、大学新卒ではなく、中途採用になります。野球以外に何もなければ、引退後の再就職でやり甲斐を見いだせない可能性があります。そうなると、後半の人生が充実しません。社会人野球でも、野球を引退してから会社に必要な人間かどうかでその後の進路が決まります。つまり、野球しかやっていない人は、引退後に多大な苦労が待っているかも知れないのです。そのことを教えて準備させるのも、野球部員の進路指導の一部です。

 「勉強は嫌いだ」と思う人も、スポーツを引退したらそのあとの人生で選んだ仕事に関する勉強をしなければなりません。本当の勉強は、就職してから始まります。それまでは、何を専門にするか分からないので、とりあえず全教科学んでおく、というのが学校の勉強です。ですから、「就職したらその分野について本気で勉強する」ということができれば大丈夫です。実際、企業の経営陣の中に学生時代はスポーツ一色だったという人はたくさんいます。その人たちは、スポーツを引退したあと、その情熱を仕事に注いだ人たちです。だから、全力でスポーツをした人は、仕事はできますからご心配なく。(ただし、それらの方々は仕事で必要な知識・技能は入社後、血の滲むような猛烈な努力で身につけられたことを申し添えておきます)
 そもそも、1日6時間も嫌いな勉強を耐えて、寝ることもなく授業中静かにしている生徒は、精神力が強いと思います。他の生徒の邪魔をしたら憲法第26条に違反していますから、それもせずにじっと耐えている生徒はある意味すごいと思います。そのことを伝えてあげてください。ただ、少しでも勉強しておくと、頭が動くようになり、就職してから知識・技能を身につけやすいことも伝えてあげてください。

 
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