田尻先生
Q.10
最近は、小学校で英語教育が義務教育化されています。早いところでは、幼児教育の一環で英語が取り入れられていますが、早期に英語教育を行うのはいいことなのでしょうか。幼児期に英語教育を行うと、日本語力が損なわれてしまうとも言われています。また仮に取り入れる際には、どういった方法で英語教育をスタートさせるのが望ましいでしょうか。  

 英語教育を早期に開始することによって日本語力が損なわれてしまうのではないかという危惧についてですが、それはまずないと思われます。1週間は10,080分(7日×24時間×60分)あります。毎日8時間睡眠をとるとしても、6,720分(7日×16時間×60分)起きていることになり、仮に1週間で300分英語学習をしたとしても、起きている時間の4.5%に過ぎません。

 では、積極的に幼児期に英語学習を取り入れることを勧めるかと尋ねられれば、「条件つき」と言わざるをえません。その条件とは、以下の通りです。

(1) 指導者の英語の発音が、模範となりえるレベルにある
 子どもは、まねの天才です。特に語学に関しては、経験上、年齢が低いほど音をまねるのが上手だと私は感じています。指導者が英語らしい発音を聞かせれば、その発音をまねすることによって子どもたちは英語らしい発音を身につけていきますが、指導者が発音を間違うと、子どもの発音も間違ったものとなります。

 私は全国を歩いて小中高で授業を見させていただいていますが、生徒が英語らしい発音をしているケースはまれです。つまり、ほとんどの先生方が多かれ少なかれ間違った発音をなさっていたり、先生の発音がきれいでも、生徒の発音指導は徹底していなかったりするのです。

 先生方の発音の間違いで特に目立つのが、nの発音です。英語ネイティブがnを発音するときは、舌先が上の歯の裏に必ず引っ付きますので、「ンヌ」と発音されます。ですから、can youは「キャンニュー」、on yourは「オンニョ」、in an unexpected placeは「イナンナンネクスペクティッドゥプレイス」となりますが、これがきちんとできている先生はほとんどいません。

 また、thや、lとrの発音ができていない先生がたくさんいらっしゃいます。先生が発音できなければ指導もなされていないわけであり、これが日本語的英語発音の氾濫を招いていると私は考えています。児童英語教育でも同じことが起これば、さらに事態が悪化することは想像に難くないと思います。

(2)大人の考えを押しつけない
 私は両親から英語は学んでいません。英語学習を押しつけられたこともありません。英語の歌が好きになったこと、たまたま中学時代の友人がアメリカ人の先生に英会話を習っており、そこに体験入学をしたら面白くて、そのまま行き続けたことなどが、現在の道に進むきっかけになりました。私が望んだわけであり、親に言われて始めたわけではないのです。

 親が子どもに、英会話、ピアノやエレクトーン、そろばん、ダンス、バレー、スイミング、野球、サッカーなど、いろいろなものを体験させ、子どもがどれに興味を示すかを見極めることは大切なことだと思いますが、親が子どもにやってほしいことを押しつけるのは、いいことではありません。たまたまそれが子どもにフィットしてやり続けてくれたら成功例になりえますが、逆の場合は子どもが苦しんだり、それが嫌いになったり、親を恨んだりするようになります。

 児童英語も同じです。やらせてみて興味を示したら、やらせればいいと思います。押しつけて嫌いにしないことです。嫌いでなければ、子どもの頃にあまり興味を示さなかったことでも、将来必要だと思ったら自分でやり始めます。しかし、幼少期に嫌な思いをしていると、それがトラウマになって大人になっても敬遠してしまう可能性が高くなります。

(3) 楽しさを体験させる
 幼少期に子どもの英語の能力を高めることに、親が躍起にならない方がいいと思います。英語の音に触れ、異文化を体験し、日常頻出する表現を楽しく学習し、英語を好きになるのが一番です。小さい頃に習得する英語はあくまでも日常表現であり、ビジネスの場面で使う表現や丁寧な表現、複雑な表現などは、言葉の微妙なニュアンスを感じて使い分ける母語能力がついた時でないと、外国語でも習得できません。ですから、親が望むような英語力を身につけるのは、中学・高校以降なのです。

 中学の授業が教師中心の説明型で楽しくないものである場合、あるいは授業で行うゲーム的活動は楽しいけれど力がついている実感がないという場合、子どもは英語学習に失望します。高校でさらにレクチャー型で英語を使用しない授業を毎日受けると、子どもは英語を単なる入試を突破するための道具だと思うようになります。すなわち、いくら早く英語学習を始めても、中学以降の学習が充実していなければ英語学習の意欲はしりすぼみしてしまい、英語力は社会へ出て使えるものにはならないのです。

 中学3年生が一番嫌いな教科は英語、苦手な教科も英語です。多くの子どもたちが中学以降英語学習の意欲を失っていることを考えれば、焦って幼児に英語を押しつけるよりも、中高でどのような英語学習をさせるかを考えた方が賢明だと思います。

 
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