東北地方を中心に、東日本に甚大な被害をもたらした大震災は、たくさんの尊い命を奪い、被害地域に壊滅的なダメージを与えました。被災された方々は、再建を期しつつも、その道のりの厳しさや遠さを考えると途方に暮れてしまう、という状態だと思います。亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災地域の復興のために、私たちなりにできることを考え、実行していきましょう。
今回の未曾有の天災、そして人災は、今後の教育の課題も突きつけました。
(1)有事において、迅速に情報を収集し、処理し、編集し、
最適と思われる判断を下すことができるリーダーの育成。
(2)日本経済の立て直し、被災地域の復興に寄与する、
知識を蓄積するだけでなく、持てる知識を駆使して
工夫ができる人材の育成。
(3)どのような状況においても、ルールを守り、人のために
動くことができる、倫理観、道徳観を持った人材の育成。
(4)助け合い、支え合い、みんなで子どもを育てる
温かいコミュニティー作り。
今回の大震災では、福島第一原子力発電所の問題が発生しました。その際、感じたことが、「私たちは、国のリーダーや東京電力のリーダーの判断や指示に、命を預けている」ということです。信頼できるリーダーを輩出するのも教育の役目であり、我々はどのようにリーダー育成するかを考えていかなければならないと思います。
リーダーとは、先頭に立って歩き、危険な目に遭いながら前進し、後に続く者に一番安全なルートを伝える人のことであり、だから「導く者=leader」と言います。生徒は「人の上に立つ偉い人がリーダーだ」と勘違いしていますので、教え合い学習や助け合い学習を通じて、生徒に「リーダーとは何か」を教えたいものです。
また、この大震災で東日本のたくさんの工場が被害を受け、それに伴い、被災地でない地域の工場の生産も止まりました。震災直後は株価が暴落し、買い占め、風評被害など、人の心の不安から来るネガティブな動きが広がりました。加えて日本国内には自粛ムードが高まり、さらなる経済の停滞が危惧されます。この危機を乗り切るには、全ての人が頭を使い、工夫をしなければなりません。また、お金や物資を流通させ、雇用を創出し、若者が秘めている能力を発揮する場を確保せねばなりません。
今回の大震災では、人々がパニックに陥ることなく、秩序を保ち、食糧配給時にもきちんと順番を守る日本人の姿が、世界で賞賛されました。しかし、これは日本のどの地域で同様の大災害が起こっても見られる現象でしょうか。東日本大震災で被災された地域の方々は、普段からつながっており、相手を大切にする習慣があり、我慢できる人たちだったからこそ、略奪や食料を奪い合うようなシーンが全くなかったのかも知れません。地域の力、教育の力を、改めて感じる出来事でした。
日本は地下資源の乏しい国です。原材料を輸入し、外国の人たちが思いつかないモノを作り、輸出することで生きてきました。そして、他国の追随を許さない精密さを誇ってきたからこそ、日本はここまでの経済大国になりました。今後も地下資源が出てくることは期待できません。私は、教育はモノ作りができる人材を輩出する責務を負っていると考え、授業をしています。教員がモノ作りの手本を見せられるとしたら、それは教科書使用の工夫であり、自主教材だと思います。また、授業を通して生徒にモノ作りを体験させなければなりません。インプット一辺倒ではなく、アウトプットをさせていくことは、生徒にモノ作りをさせることなのです。
英語の長文読解は、わかる語句をつなげてストーリーのアウトラインをつかみ、意味がわからない語句でも前後関係から推測し、なるべく短時間で各設問に答える力が求められます。それこそ、今回の大震災で国や東京電力のリーダーが求められた力です。
授業や学校生活全般を通して、生徒たちが「思考→判断→行動→反省→改善」する習慣を身につけ、自らの人生を実りある豊かなものにしようと努力する姿勢を持ち、さらに人のために動き、助け合い、支え合うことを願って、我々教員は日々努力すべきであって、上級学校に進学させることが第一義ではありません。
一方的に教師が教える授業、考えさせない授業では、人材は育ちません。入試や成績で脅す授業では、生徒の心は育ちません。今こそ授業を見直すチャンスなのです。
何のために学習をするのかを生徒と共に再確認し、何のためにそれぞれの活動をするのかを洗い直し、生徒の将来のために、日本の将来のために、平和な世界のために、日々の学習の営みがあることを肝に銘じた上で、授業をしましょう。それが「普通の授業を行う」ことであれば、生徒は不安感を持たないはずです。
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