GTEC通信生徒の英語力を高めるヒント

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Vol.95

SGHのさらなる推進と新たな進路指導の
実現にむけて校内組織を再編

熊本県立済々黌高等学校 様

熊本県立済々黌高等学校 様

1882(明治15)年、済々黌として開校。旧制熊本県尋常中学済々黌などを経て、1948(昭和23)年に現校名に改め、翌年に男子校から共学校となった。建学の精神を示す三綱領「正倫理明大義(倫理を正し大義を明らかにす)」「重廉恥振元気(廉恥を重んじ元気を振るう)」「磨知識進文明(知識を磨き文明を進む)」を教育方針の根幹とする。県内屈指の進学実績を誇る一方、陸上競技部や男子ソフトテニス部などが県内外の大会で活躍するなど、部活動も盛んである。

基本情報
公立、共学、普通科
規模
1学年約400名
主な進路
国公立大は、東京大、京都大、大阪大、九州大、熊本大などに計248人が合格(2015年度入試/現浪計)

取り組みのポイント

  • 大学教育や大学入試の変化に応じた、新しい進路指導を行う部署を進路指導部に新設し、生徒と教師の意識改革に着手
  • 課題研究と英語4技能指導の2つを柱とし、生徒の問題解決能力やコミュニケーション能力を育成
  • 第一学年では、「総合的な学習の時間」の中で、英語による表現活動や小論文作成などを行い、英語4技能を使った思考力、表現力を育成

取り組みの背景

 同校は、2014(平成26)年3月に文部科学省からスーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定されたのを機に、生徒の関心を海外に向けながら社会に対する視野を広げ、問題解決力やコミュニケーション能力といった国際的素養を育む活動に力を入れ始めた。坂井誠教頭はSGHの公募に応じた理由を、「本校は明治初期の開校当初から正課の授業に中国語を取り入れるなど、国際社会を視野に入れた教育活動を行っています。グローバル・リーダーを育成するSGHの取り組みに適すると考えました」と話す。
 SGHプロジェクトの柱となる課題研究のテーマは環境にした。環境問題は地球温暖化や核廃棄物処理などが世界的に議論されているほか、熊本県とのかかわりも深いからだ。「熊本市では飲用水を豊富な地下水でまかなっていますし、県内にはかつて深刻な公害病を経験した水俣市があります。環境をテーマに設定すれば、国際問題への関心も地元に対する理解も深められると期待しました」(坂井教頭)。
 そこで、環境に関する課題研究に取り組む「リサーチプロジェクト」、英語の4技能(話す・聞く・読む・書く)を高めることを主目的とする「コミュニケーションプロジェクト」という2つの柱を設け、これに2014年度入学生から取り組みを始めた。ただ、2014年度はSGHの指定を受ける前に教育課程が決まっており、変更が難しかったため、「総合的な学習の時間」などに活動を行った。2015年度からはSGクラスを設け、その正課授業として「リサーチプロジェクト」「コミュニケーションプロジェクト」を位置づけ、いずれも週2コマを充てるようになった。

取り組みの詳細

新しい進路指導を行うためにグローバルキャリア課を新設

 同校はSGHの取り組みが本格化する2015年度に進路指導部を改組し、グローバルキャリア課を新設した(資料1)。この意義を、進路指導部グローバルキャリア課の鶴濵正悟先生は「近年、大学教育も大学入試も、大きく変わろうとしています。大学では論理的思考力やコミュニケーション能力の育成がさらに重視され、大学入試でも学力に加えて主体性や協働性などを評価しようとするなど、いわば国際的に重視される総合力が求められるようになっています。海外の大学に進学・留学する重要性もますます高まるでしょう。生徒が進もうとする道がこれほど多様化してきているのですから、進路指導の在り方も改める必要があると本校では考えました。論理的思考力や問題解決力というように、これからの大学進学に求められる力と、今、SGHプロジェクトで伸ばそうとしている力とは共通しています。そこで、SGHのさらなる活動推進と新たな進路指導とを担う部署、グローバルキャリア課を設けたのです」と語る。
 海外を視野に入れた進路指導のノウハウを構築し、学校全体で共有することも、同課の重要な役割だ。そこで、海外進学に関する内容も教員研修に盛り込もうとしている。「生徒が海外進学を考えるようになった時、我々教師が海外の大学を現実的な進路の一つの選択肢として捉えておかなければなりません。生徒と最も身近に接し、進路についても話し合う機会が多い担任は、なおさらです。取得すべき資格や準備すべき書類など、海外進学に何が求められるかを把握して指導できるよう、教員研修を実施したいと考えています」(鶴濵先生)。
 どの生徒も海外の大学への進学や留学を自分の選択肢の1つと考えられるように情報発信にも力を入れている。例えば、2014年度入学生(現2年生)全員を対象に、海外進学説明会を企画し、外部講師から国内大学と海外大学とを併願できることや出願時期などを説明した。また、短期留学や海外でのボランティア活動などの募集があれば、同課の教師が積極的に告知するようになった。「活動の内容や意義、参加資格などをしっかり伝え、検討してほしいと呼びかけています。以前は募集があってもプリントを教室に掲示する程度で、さほど積極的に発信していなかったので、大きな変化です」(鶴濵先生)。

【資料1】SGH推進と新たな進路指導のための組織再編

海外からの留学生との意見交換で学びたいテーマの自覚を促す

 現2年生である2014年度入学生の取り組みを見ていこう。
 1年次には、土曜日の特別講座を「コミュニケーションプロジェクト」に充て、学外から招いた研究者や大学のディベート部の学生の指導のもと、英語でのディベートを月1~2回継続的に行い、希望者約50人が参加した。
 また、文理選択後の11月には「リサーチプロジェクト」として、文系志望者から募った希望者41人が「総合的な学習の時間」を用いて環境に関するグループ研究を始め、2月の中間報告会でその研究の成果を英語で発表した。グループ及び研究テーマの決定に関しては、41人それぞれが挙げた興味のある環境問題をKJ法で分類して、関心が似ている者同士4〜5人が集まるように8グループをつくり、各グループが研究テーマを決めた。絶滅危惧種、開発と自然保護、代替エネルギーというように、いずれも多彩な、そしてスケールの大きなテーマだ。テーマ設定の事前学習としては、SGHでの連携先である立命館アジア太平洋大(APU)のワークショップに参加し、海外からの留学生と環境問題について英語で話し合う機会をつくった。「環境問題は、政治や経済、科学など、多くの分野にかかわるため、多様な研究ができる半面、自分たちの関心の中心がどこにあるのかに気づきにくくなりがちです。価値観や文化的な背景が異なる人々と意見を交換すれば、考えが整理しやすくなりますし、視野も広げられるでしょう。本当に探究したいテーマを見つけることにつながると考えました」(鶴濵先生)。
 また、デザイン発表の事前指導では学外から講師を招き、英語によるプレゼンテーションの練習を行った。「自分たちが決めた研究テーマですから、どの生徒も真剣に発表資料を作成し、英語でどのように表現するかを考えていました。発表当日にどのグループもしっかりとプレゼンテーションできたのは、そのためだと思います。堂々と英語で発表する友だちの姿を目の当たりにしたことで、課題研究に取り組んでいない生徒は刺激を受けたようです。海外への興味を高めることにもつながると期待しています」(鶴濵先生)。

グループ研究での学びを個人研究に生かせるように指導

2年次になると、1年次に課題研究を始めた41人を集め、SGクラスを1つ編成した。研究は、2015年度に新設された「リサーチプロジェクト」の授業で継続して行い、1学期中に各グループが研究内容を英語の論文にまとめる。2学期には、各自が新たに決めたテーマについて個人研究に取り組んで英語の論文を作成し、12月に全校生徒を集めて催す成果発表会で1人ひとりが自分の研究内容を英語で紹介する。SGクラス担任の坂西紀美先生は、「情報を収集・分析し、論理的に結論を導くというように、グループ研究では個人研究に生かせる学びがいくつも得られるでしょう。2つの研究が別々に存在するのではなく一連のものであることは、1年次にグループ研究を始めた頃から繰り返し伝えています」と話す。
 さらに10月には、個人研究の参考になるように、環境保護政策に熱心なドイツでの研修も行う。参加は任意であり、費用の一部を負担する必要があるにもかかわらず、8割以上の生徒が申し込んでいる。「自分の研究に役立ちそうだと考えれば手を挙げ、そうでなければ見送るというように、どの生徒も明確な目的意識によって参加するかどうかを判断していました。何のための研修か、それが自分にとってどのような価値があるかを主体的に判断できるようになっていると感じます」(坂西先生)。
 一方、「コミュニケーションプロジェクト」の授業では、1年次の土曜講座の延長として、1学期に英語のディベートに取り組む。「リサーチプロジェクト」と関連させようと、ディベートの論題には環境問題を選んでいる。英語の教科担当が指導するのが基本だが、ディベートの勝敗の判定(ジャッジ)は、インターネットによるスカイプを用いて外部講師にもサポートしてもらう。2学期以降は英字新聞や英文雑誌の記事を読み、それについて英語で話し合う活動を行う。ここでも、「リサーチプロジェクト」とのかかわりが深まるように工夫するという。「環境に関連する記事はもちろん、日本の歴史や文化などに関する記事も積極的に選ぼうと思います。ドイツ研修で尋ねられた時に、生徒が自分の感じる自国の長所や短所を、相手に伝わるようにしっかり表現してほしいからです」(鶴濵先生)。

生徒が地元にも目を向けられるように熊本の環境問題に関する情報を多く提供

 現1年生である2015年度入学生に対しては、SGクラスを2つ編成し、取り組みをさらに発展させている。
 「リサーチプロジェクト」では、グループ研究を英語論文にまとめ、12月の成果発表会で発表できるように、段階的に取り組みを進めている。まず、年間計画やレポートの書き方などをしっかり説明してから、環境問題の学習に力を入れた。熊本県内の環境改善に取り組むNPO法人の職員に講義をしてもらったほか、興味がある環境問題についての個人レポートをすでに3回課している。1人ひとりの学習意欲を伸ばそうと、どのレポートも担任が読み、コメントを書いて生徒に返却した。次に6月からは、グループ分けや各グループのテーマ設定に向けた活動に重点を移している。例えば、2014年度に行ったAPUでのワークショップを、時期を大幅に早めた7月に実施したり、水俣市で行われる水俣病についての体験学習に参加したりするといった具合だ。「2014年度入学生のグループ研究のテーマは国際色が豊かになりました。もちろん、何の研究に取り組むかは生徒が自由に決めることですが、国際的なテーマに加えて地元に焦点を当てたテーマも設定できるように、2015年度入学生には、熊本県の環境問題の情報にも多く触れさせています」(鶴濵先生)。
 6月中に2014年度と同じくKJ法によって18〜19のグループに分け、夏休みまでに各グループがテーマとグループ内での役割分担を決める。9月からは論文作成に入るため、夏休み中も自主的に研究を続けるように事前に呼び掛けるほか、夏休み中に登校日を2日間程設け、担任が研究の進捗を確認する。
 論文は日本語で書いてから英訳するため、日本語論文作成では学年団の教師、英語論文作成では英語科の教師に協力を求め、1人に複数グループを指導してもらう。また、前出のNPO法人の職員にも論文指導を依頼する。
 一方、「コミュニケーションプロジェクト」では、1学期に、文書作成ソフトや表計算ソフトの使い方や、インターネット使用のモラルなどについて、情報の教科担当が指導する。「リサーチプロジェクト」での課題研究に必要なためだ。2学期からは英語の学習に注力し、ディベートに取り組む。

口頭での意思疎通が自在にできるように生徒のスピーキング力の育成に注力

 SGクラスでは、「コミュニケーションプロジェクト」のほかにも生徒の英語力を伸ばすための工夫が見られる。
 例えば、2015年度入学生(現1年生)のSGクラスにおける英語授業では、スピーキング力を伸ばすため、授業の冒頭で生徒に英語で1~2分程度の自己紹介や、興味のある雑誌記事について英語で2分程度のプレゼンテーションを行わせている。
 また、教科書の音読を重視し、本文一斉音読、本文の一部を消した文の音読、シャドーイングなど色々な形で取り組ませており、発話することを定着させる。その後、パラグラフごとに内容を理解し、最終的には、重要なフレーズを用いたライティング活動を行う。
 また、2015年度入学生では、全クラスともに「総合的な学習の時間」の中で、英語による表現活動や小論文作成、話し合いなどを行っている。2015年度第1回は「知識を身につけるために、読書は手助けとなるか」というテーマで「Yes」or「No」の意見と、それに伴う理由を作らせるような内容で行われた(資料2)。
 「コミュニケーション能力や問題解決力、広い視野などは、グローバル化社会で生きていくために欠かせません。SGクラスに限らず生徒全員にしっかり身につけさせたいと考えました。SGHでの取り組みに対する学年全体の関心をもっと高めたいと、SGクラスの課題研究にかかわりの深いテーマで表現活動などを行うことも検討しています」(鶴濵先生)。
 さらに、GTECのスピーキングテストも導入した。状況に応じて、話の流れを組みたてる力、言葉・単語の選び方も含めた発話力の測定を期待している。
 「会話は日常的に最もよく用いるコミュニケーションの手段です。自在にできるようになるための第一歩として、生徒が英語を話す機会をなるべく多くつくりたいと考えています」(鶴濵先生)。  
 来る大学入試改革に向けても英語4技能を使う力だけでなく、英語4技能を使って思考力、表現力を育成していくことが重要と捉えている。そのため、英語の授業だけでなく、「総合的な学習の時間」も用いて上述のような取り組みを行っている。

【資料2】「総合的な学習の時間」における英語表現活動

取り組みの成果と今後に向けて

 SGクラスの生徒は、「リサーチプロジェクト」も「コミュニケーションプロジェクト」も熱心に行っている。ただ、2014年度に活動を始めた当初は、不安もあったという。「SGHは新しい取り組みですから、生徒が入学前に想像していた高校での学習とは恐らくずいぶん異なるでしょう。好奇心からSGHの活動に参加してみたものの、大学入試とは縁遠い活動のように感じ、負担と捉えてしまう生徒がいるのではないかと危惧していたので、そうならないように、SGHの活動が将来にどうつながるかを折に触れて示してきました。例えば、課題研究とは、問題を見つけて解決策を考え他者に分かるように示す活動であり、大学に進学すればきっと取り組むことになると繰り返し伝え、大学での学びを高校時代に先取りしているのだと訴えるといった具合です。生徒は連携大とのワークショップなどでの大学生との交流を通して、実感できたと思います。目の前の取り組みが未来の自分にどう生きるかがイメージできたからこそ、どの生徒も当事者意識を持って参加できているのだと思います」(坂西先生)。
 現2年生では、進路に対する生徒の意識にも変化が見られる。大学入学後に留学したいと話す生徒や国際関係学部を志望する生徒が増え、海外への関心の高まりが感じられる。また、複数の学問分野が融合した学部を志望する生徒も目立つ。「問題を解決するためには多角的な視野が必要であることを、課題研究などを通して学んだからこそでしょう。目的をしっかり持って大学・学部を決めようとする意欲が感じられるようになりました」(坂西先生)。
 鶴濵先生は今後について次のように話す。「本校が目指すのはあくまでも生徒全員の視野を世界に広げることですから、SGクラスを基点として他クラスにも海外進学・留学の情報を発信していく必要があります。海外の進学先に対する教師の意識もさらに高めていかなくてはなりません。生徒1人ひとりが進路の選択肢として海外の大学を検討し、自分に合っていると思えば足を踏み出せるように、またそんな生徒の背中をどの教師も押せるように、取り組みを推進していきたいと考えています」。