Vol.89
自由度の高いスピーキングの指導により将来役立つプレゼンテーションの技能を育成
長崎県立長崎東高等学校 様
1948(昭和23)年に開校した。自由で個性を重んじる校風の表れとして、開校以来、校訓は存在せず、生徒には伝統を踏まえ、同校の生徒らしく考え行動することを求めている。2004(平成16)年度に併設型中高一貫校として新たなスタートを切り、中学・高校を合わせて約1,200名の生徒が学んでいる。
- 基本情報
- 公立、共学、普通科
- 規模
- 1学年約280名
- 主な進路
- 国公立大は、東京大、京都大、大阪大、九州大、熊本大、長崎大などに246名が合格(2014年度入試)
取り組みのポイント
- ●文法の説明を短縮し、音読などの活動時間を確保する。
- ●プレゼンテーションの発表では内容や時間に制約を設けず、生徒に創造性を発揮させる。
- ●教師は発表者を褒めることに徹し、表現力や語彙力の習得など様々な学習への意欲を高める。
取り組みの背景
同校の英語科では、従来より、音読をはじめとした活動重視の授業を行ってきた。しかし、教科書のテキストを再生するだけではクリエイティビティに欠けるという課題意識があったという。英語科主任の一ノ瀬憲二先生は、「プラスアルファの要素を模索していた時、筑波大学附属高校の生徒が自由にスピーキングをする授業を見学して素晴らしいと感じ、本校の生徒に合わせた形で取り入れたいと考えました」と語る。
長崎東高校は、2014年度、「SGHアソシエイト」に選定され、グローバル・リーダー育成に資する教育の開発・実践に取り組んでいたこと、また、2015年度、グローバル人材の育成を目的として県内初の国際科を新設することもあり、国際科準備主任となる一ノ瀬先生が中心となり、現1学年の英語の授業にプレゼンテーションを取り入れ、スピーキング力を高める指導を開始した。
取り組みの詳細
1レッスン各パート2コマを基本に生徒の理解度に応じて進度を調整
シラバスの作成時、1学年を担当する4名の英語教師が話し合い、目標として「将来社会人として必要なプレゼンテーションの技能を高める」を掲げた。「生徒は文系、理系どちらに進むにしても、将来、プレゼンテーションすることを求められる場面は必ずあるはずです。その時に、この指導が役立ってほしいと考えています」(一ノ瀬先生)。
1年次では主に身近なことを話せるようになること、2年次以降は徐々に社会問題などの高度な話題を扱えるようになることを目標とした。シラバスは生徒に配布し、年間の見通しと目標を持たせるとともに、教師間の目線合わせに活用することにした(資料1)。
1年次のプレゼンテーションの指導は、主として「コミュニケーション英語Ⅰ」で行っている。題材は教科書から取り、1レッスンの各パートに2コマを充てる。「進度はゆっくりでも、着実に力を付けることを優先しています。生徒の理解度によっては、3コマを充てる場合もあります」(一ノ瀬先生)。
また、教師によって進度や内容に大きな差が生じないように、全ての授業で共通のワークシートを使っている。ワークシートなどの教材は、4名の教師が分担して作成する。
【資料1】シラバス
教師のプレゼンテーションにより生徒の意欲や関心を高める
2コマの授業の流れを見ていこう。1コマ目の準備として、新しいパートに入る前の授業の最後で、教師は次のパートを予告するプレゼンテーションを行う。その際に使用するのが、絵や写真、キーワードなどを交えてパートのサマリーを説明する「マッピングシート」だ(資料2)。
教師のプレゼンテーションを踏まえ、生徒は家庭で予習に取り組む。予習は、レッスン本文の全文訳、および教師が作成した授業ワークシート(資料3左)のQ&AとT or F問題を課している。「まず教師のプレゼンテーションによって次のパートへの意欲や関心を高めるのがポイントです。生徒には予習を楽にしたいという思いもありますから、集中してプレゼンテーションを聴きます。また、レッスン全体を意識しながら訳すことができ、『木を見て森を見ず』のような状況になりづらいと考えています。さらに、教師のプレゼンテーションは、後に生徒自身のプレゼンテーションの参考にもなるはずです」(一ノ瀬先生)。
予習で全文訳を課すのは、自分が分からない箇所を明確にさせること、また学習習慣を定着させるのが狙いだ。さらに全文訳に加え、Q&AとT or F問題にも取り組むというように、生徒は少なくとも3回は本文を精読した状態で授業に臨む。
【資料2】マッピングシート
【資料3】授業ワークシート
文法の説明は最小限にとどめ音読などの活動時間を確保
1コマ目では、授業の冒頭にレッスン本文の訳を配布し、予習内容と照らし合わさせた後、ペアになってQ&AとT or F問題の答え合わせをさせる。教師はその間、机間を巡視しながら予習の取り組み状況や理解度を確認し、間違いが多かった箇所などを解説。その後、レッスン本文の音声を聴かせて、新出単語の確認をする。
そして残り20分ほどはペアを組み、ワークシートを用いて1人20回ほど、レッスン本文の音読をする。音読用のワークシートは、虫食いになったものや一部が日本語になったものなど、6パターンを用意している(資料4)。「文法は『英語表現Ⅰ』で指導するため、『コミュニケーションⅠ』では最小限の説明に留めています。予習プリントの中で『Target sentences』として重要な構文を解説しているのも、授業内で音読などの活動に多くの時間を割くためです」(一ノ瀬先生)。
【資料4】音読ワークシート
プレゼンテーションの方法などは生徒の創造性に委ねる
2コマ目では、授業ワークシート右(資料3右)を使い、語彙チェックや空欄を埋める形式のサマリー作成に取り組む。サマリー作成では、あえて一部の単語を同じ意味の別の単語に置き換え、語彙力の向上に努めている。プレゼンテーションでの表現の幅が広がることから、生徒は語彙を増やすことに積極的だ。
さらにワークシートには、授業に関連する入試問題を必ず入れている。「コミュニケーション中心の授業は大学入試につながらないのではないかと、不安を抱く生徒もいます。しかし、コミュニケーション力の育成と大学入試への対応は両立するものでなくてはなりません。その日の授業が入試にもつながっていると伝えるために、入試問題を解かせています」(一ノ瀬先生)。
続いて、ペアを組みマッピングシートを用いて各々プレゼンテーションを行う。それにより、生徒はテーマへの関心をより深めたり、難しい点を把握する。最後には、出席番号順で事前に指名された3名の生徒がクラスを前にしてプレゼンテーションの発表を行う。事前にペアでプレゼンテーションを行わせることで、発表内容に注意深く耳を傾けることにつながり、また発表者にとっては良い練習の機会になる。
プレゼンテーションの方法や時間は、敢えて制約を設けず、生徒の創造性に委ねている。例えば、聞き手に質問を投げかけて対話したり、寸劇を交えたりと様々なスタイルが見られ、内容も単にレッスンの本文のサマリーを話すのではなく、自分がリサーチした内容を加えたり、「このほうが面白いから」と、本文の構成を自分なりに入れ替えたり、あえて本文とは異なる表現方法を使う生徒もいる。発表時間の平均は3分ほどだが、メモを持たずに5分近く話し続ける生徒もいるという。「生徒の工夫に驚かされることがたびたびあります。自分なりの表現を楽しんでいるからこそ、多様なプレゼンテーションが生まれるのだと思います」(一ノ瀬先生)。
発表を聞く生徒は、コメントシートに良かった点や改善できそうな点を記入し、内容・声の大きさ・目線・ジェスチャーなどの項目を4段階で評価(資料5)。授業後、全員分のコメントシートは発表した生徒に渡している。
発表は教師がタブレット端末で録画し、前回と見比べることで成長の様子がよく分かるようにしている。録画したデータは、希望した生徒に渡すほか、担任の教師や保護者と共有することもある。
2コマ目の授業の最後はレッスンのテーマについて、2分間で自分の考えを頭の中でまとめ、ペアの生徒と伝え合い、その後、ライティングをする。考えを伝え合う際、聞き手は1分間で何語を話したかをカウンターを用いて計測する。生徒によっては1分間で90語近く話す生徒もでてきたとのことだ。
【資料5】評価シート
表現を楽しむ生徒の気持ちを伸ばそうと教師は発表者を褒めることに徹する
教師による評価方法にも工夫が見られる。例えば、教師は良い点や工夫した点を見つけて発表者を褒めることに徹し、発表自体はあえて評価の対象としないのである。「評価することで生徒が縛りを感じるおそれがあります。自由な表現を楽しむことでプレゼンテーションの力を高めてほしいと考えました。『今こういう工夫をしていたね』と褒めるとその生徒は本当に嬉しそうな表情をします。現状では、生徒同士が率直に評価し合っていることも、盛り上がる要因となっていると感じます」(一ノ瀬先生)。
一方、定期考査では、レッスン本文のプレゼンテーション原稿を穴埋めする問題を課し、内容理解を評価すると同時に、プレゼンテーションにおける表現力向上を狙う(資料6)。
【資料6】定期考査問題例
取り組みの成果と今後に向けて
クラス全員の前での発表は、全員が1年間で2回経験する。1回目と2回目を比べると、成長の大きさは一目瞭然だ。人前で英語を話すことに慣れるとともに、他の生徒の発表を参考にしたり、英語力が高まったりすることで、プレゼンテーションの内容は向上する。情報の授業や学年集会でプレゼンテーションをする機会があることで相乗効果も生まれているようだ。授業中だけではなく、マレーシアから修学旅行で来日した生徒と交流会を開催した際には、積極的に英語を使って会話をする姿が見られた。また、長崎県英語ディベート大会では、見事に優勝した。
GTECの結果を見ると、過年度に比べ、特にリスニングの力が大きく伸びた(資料7)。これは他の生徒のプレゼンテーションを真剣に聴く機会が多いことが要因の一つと捉えている。また進研模試のリスニングも、県内の公立高校で最も高い成績だった。
既にプレゼンテーションの中で社会問題などに言及する生徒もいるが、今後はより多くの生徒の発表に社会性を持たせ、プレゼンテーションの深みを増す指導に力を入れる方針だ。また発表後の質疑応答など、より即興性の高いスピーキング活動も取り入れたいと考えている。
スピーキングと並行し、リーディングの力も伸ばすため、週末講座や家庭学習での課題などを通じて多読にも取り組んでいく。
【資料7】GTECスコア過年度比較(高1年次 12月時点)